獅子座の本質

ハートの日生まれ☆

獅子座、というと本来「根拠アリ・ナシに関わらず自分は自分でオッケー!という自信がある」って必ず書いてある。


それが思春期ごろからその真逆に感じて生きてきたギャップが、私の「生き苦しさ」の原因のような気がする(人からどう見えるかは別w)。


自信があるからいろいろなことがうまくいく?
いろいろなことがうまくいったから自信がつく?


どちらなのかわからない。子供の頃はお山の大将みたいだったのに、自分の許容範囲を超えるいろんなことを経て、怖くてたまらなくなってしまった。


その後、新しい世界へのきっかけはいくつももらっていたのに、それをつぶしたのは自分自身の心。どんなに状況が揃っていても、心はすべてをダメにできる。ある意味すごいこと・・・。自分はそんなにキレイじゃないから、とか、そんなに賢くないから、とか、そんなに話せないから、とか・・・努力してもいないのに逃げてしまった。最初は誰でもしんどいのに、それを踏ん張ることができなかった。


もし、あれもこれもうまくいっていたら自信がついたのかな?・・・と考えても、どうもそうでもないような気がする。もし何かを達成したとしても「まだまだ足りない」とより一層焦ってしまったんじゃないかな。思い方が変わらない限り自信を持つことはなかったんじゃないかな。言いかえれば、心次第でなんとでもなるのかもしれない。


そんな自分が変化した瞬間・・・一瞬で変わったわけじゃないから習慣、かな・・・徐々に心がほぐれてきた。そうしたら、いろんな意味で生きるのがものすごくラクになったし、本当の意味で素直に楽しめるようになった。


それでもまだ仕事や恋愛の面で根本的に自信をもてないのは、ダメだから自信がないんじゃなくて・・・もしかしたら逆なのかも。「可能性をつぶすようなことはしない」って決めているのに。


まさに獅子座を体現するような友人。仕事もバリバリしていて、お酒も手を抜かず(里佳の師匠w)、周りからも慕われ、自信にあふれている。もちろん話を聞くと悩みはあるんだけれど、それでも私の目標となる憧れの友人。彼女も、天性の楽観主義と自信をもとにしていろいろ踏ん張ってきたからこそ今のキラキラがあるんじゃないかな。


そしてまた別の友人。彼女も美しく、優しい旦那様と素敵なお家に住んでいつもキラキラと楽しそう。もちろんそういうバックグラウンドもあるものの、やっぱりもともと「根拠アリ・ナシに関わらず自分は自分でオッケーという自信がある」。それでいろいろなHappyを引き寄せてきていそう。私も初めて会って少し話しただけで一目惚れしてしまったし(笑)仲良くなれてうれしかった。
彼女の言ってくれた言葉。
「私たちはみんな幸せになるって決まってるんだよ?
・・・なぜかって? 
それが事実だから。」



大丈夫。
何も根拠がなくても、まずできることをしていこう。
焦らなくても、少しずつ。私は確かに何をするにも遅いけど、昔はそれを嘆いていたけれど、その分、人の2倍の時間をかけてやるようになった。じっくり継続して、最終的にはめげずに達成できるようになってきた。それでいいんじゃないのかな。自分は自分で。何もできないから何もしないより、今できることをまずやってみる。


焦らずに、「根拠アリ・ナシに関わらず自分は自分でオッケーという自信がある」って思えるように生きていきたいな。


何より、彼女たちを含む素敵なヒトたちに囲まれていることがまず私の幸せ。
いつも、本当にたくさんのものをもらってきたよ。
みんなに、本当に感謝です(^^)v